「わー、可愛い!!似合っているわねー。
私も結婚式挙げた時のことを思い出して、また着たくなっちゃう。」

今日はよう子夫妻が住むアパートのお隣に住むご夫婦のウェディングフォトを撮影する日。

お隣に住むご夫婦は昨年結婚したばかり。
結婚式を挙げたいと思いながらもお互い共働きで仕事が忙しいこともあり、まだ実現していないらしい。

「じゃあ、今住んでいる自宅をスタジオにしてウエディングフォト撮っちゃえば?」

と、大家さんの粋な計らいで、
普段住んでいる家がオシャレな撮影空間になって、
今日は二人のウエディング姿を写真におさめることになったらしい。

よう子はその晴れ舞台の、着物の着付けを担当させていただくことになったのだ。

これもまた、よう子が住むアパートの大家さんの計らい。

日常の雑談の中で、引越し前に着付け教室に通っていたことを話したら、そのことを越水さんが覚えてくれていたようで、いきなり「立花さん、着付けできましたよね?今度お手伝いしてもらえません?」と今日の撮影サポートの声がかかった。

専業主婦歴が長いよう子にとっては、こうやって夫以外の誰かから必要とされることがとてつもなく嬉しかった。

もちろん夫のサポートをすることも、
夫のおかげでゆったりと日常を過ごせることにも感謝している。

家事も好きだし、
スーパーのお買い物も好きだし、
買い出しついでにゆっくりお茶をするのも好き。

最近通い始めたジムでする運動も、
そこで出来たお友達と顔を合わせて交わす会話も好きだった。

でも今回、やったことがない着付けのお手伝いをさせてもらう機会が出来て、
「あー、こうやって人のために何かが出来るのって、本当に楽しい」と実感したのだ。

忘れていた感情を何か取り戻したような、そんな気もしていた。

「立花さん、また今度ウエディングの撮影で着付けの相談があったら、ご連絡してもいいですか?」

撮影が終了する頃、越水さんから声をかけられた。

「はい、もちろん。私も今回とても楽しかったです。こうやって、自分の習ってきたことで人のお役に立てるのですねー」

「そうですよ。しかも立花さんの着付け、すごく丁寧だし、僕も関わってもらえて嬉しいです」

「そうですかー。そう言って貰えて嬉しいです。家事に支障がない程度になってしまうと思いますが私に出来ることがあれば。」

「ありがとうございます!じゃあ、また撮影の依頼あったらご相談しますね!」

よう子夫妻が宮崎台に引っ越して半年。

最初は知り合いが誰もいない土地だったが、このアパートの大家さん、越水さんとの出会いもおかげでよう子の生活は大きく変わった。

土地勘もない、都心に出てくるのも初めてということもあり、知り合いを作るきっかけすらどうしようと思っていたのに、越水さんは引っ越しの日、明るい笑顔でお出迎えをしてくれた。越水さんがデザインしたという革のキーアクセサリーが付いた鍵と共に。

イベントがある度に、アパートの入り口にオーナメントを飾られたり、
地域のことを教えてくれるお手製の新聞が毎月自宅に届いたり。

そして、

同じ地域に住む地域住民として同じ目線で会話をし、
今回の着付けのお手伝いのように新しいことにチャレンジする機会もくれる。

よう子は間違いなく、
越水さんのおかげで毎日の生活が楽しくなったし、
地域に知り合いもたくさん増えた。

思い返せば、
今まで何件か賃貸の物件に住んだことはあったけど、
大家さんという存在を間近で見たのは初めてだったかもしれない。

いつも管理会社を通じてやりとりをしていたので、
大家さんという実態を見たことがなかったのだ。

でも今は顔を見て
コミュニケーションを図ることが出来るので、

わからないことはすぐ聞くことが出来るし、
部屋のエアコンの調子が悪いときもすぐに伝えられる。

だからこそ、日々の暮らしも今まで以上に快適さを感じられている。

どんなにインターネットが発達しようと、
絶対になくならないのが人と人との顔を合わせたコミュニケーション。

それにも関わらず、

大家さんと入居者との関係は、
ここ現代の日本では顔すら知らないというのが
一般的になりつつある。

大家さんの存在が身近にあり、
何かあった時にすぐに相談出来るというのが、
こんなに心地の良いものなのかと知ってしまったので、
よう子夫妻は次の転勤があるまではずっとこのアパートに暮らすだろう。

そして、もし、引っ越しをすることがあったら、
夫の勤務先の人にこのアパートをオススメするかもしれない。

Fin.