相原健二・沙希夫妻は結婚3年目。
第一子の妊娠をきっかけに3人でも住める住まいへの引っ越しを検討しているところだった。
沙希から「川崎エリアはどうか?」という猛烈なプレゼンを受けるも、健二はどうにも乗り気になれなかった・・・。
調べてみると、確かに家賃相場も安くなるし、子育て支援も充実している様子。
沙希の仲の良い友人たちが何故か川崎エリアに集まっていることも考えると、沙希の言うこともわからなくはなかったが、男にもマタニティーブルーというものがあるのだろうか。
新潟から東京に身を移して12年。
自由の身の象徴だった都心から離れるというのは、健二にとっては沙希にも言えない大きな決断が必要なようだった。
?あぁ、俺も家庭を中心にした暮らしになるんだろうな。今まで通り、都内で友人と夜まで飲むとか、しづらくなるよな・・・?
「はぁ・・・・」
無意識にため息をついたとき、上司の片岡に声をかけられた。
「おい、相原。お前、すごいため息ついているぞ。かみさんに子供出来たし、色々と気合い入る時期なんじゃないの?」
「いやー、片岡さん。気合いっていうか、不安しかないんですけど(笑)、男ってどうやって子供が生まれる心構えするんすか?」
「おーおー、いい質問するね!!その話しはアルコールがないと俺も語れないから、今日飲みに行くか?」
「はい、行きたいっす!」
「で?お前、何にビビっているの?」
「片岡さん、子供が生まれるって未知過ぎませんか?
嫁のほうは妊娠した瞬間から自然と母親としての意識が生まれるのか、急に子供が生まれたあとのことを前提に色んな会話をしてくるんですけど、数ヶ月後に子供がいる生活になるって、なんだか現実味がなくて付いていけないんですよね。
今ちょうど引っ越し先を話し合っているんですが、子育てのことを考えて川崎エリアにしたいって嫁は言ってて。でも、ぶっちゃけ今の場所から離れたくないんですよ、俺。理屈はわかるんですけど。」
「おー、お前もやっと一人前の発言するようになったね。
男は子供が生まれる現実についていけないもんだよ、だからその感覚は当たり前。俺も実際、子供が生まれてから徐々に自分の子供っていう認識が出来ていったし。
でも、これだけは言っておく。カミさんの言うことを優先したほうがいいぞ。」
「え?どういうことですか?」
「カミさんが川崎エリアにしたいって言っているなら、それに合わせたほうがいいってこと。
男なんて結局、子供を思う母性で言ったら女には敵わないわけ。男の俺らができることって言ったら、家族が安心して暮らせる環境を作ることくらいなんだから、奥さんが子育てしやすいと思う環境を用意したほうが、後々絶対にうまくいくぞ。これは断言できる。
お前、新しい住まいでどうしても譲れない条件ってなんかあるわけ?」
「あ、いや・・・、そう言われると、別にたいしてこだわりはないです・・・。職場から1時間以内で帰れる場所なら通勤もなんとかなると思いますし。そのくらいですかね?」
「それだけカミさんに伝えておけばいいよ。あとは自由に選んでいいよで男は一任しとけ。相原の嫁さんなら、相原の仕事もことも考えて場所選びするだろ。信じて任せればいいよ。」
「片岡さん、なんか、すげー勇気湧きました。ありがとうございます。」