「行ってきますー!あ、真衣、今日は接待で遅くなるから夕飯なしでいいよ!」
「はーい、わかりました。気をつけてね。」
「陸、幼稚園出掛けるぞー」
「あ、陸のお弁当!!」
大塚家の朝はいつも慌ただしい。
それもそのはず。
南武線・武蔵中原駅から五反田の会社まで通う夫の涼介と、幼稚園に通う息子の陸(りく)の出掛ける準備に追われるからである。
特に息子の陸は、控えめでおっとりした性格のようで、朝の準備にも何かと時間がかかる。早く起きても、ご飯を食べて、着替えをして、荷物の準備をしているうちに、気づけばいつもギリギリの時間になっている。
ありがたいのは、夫の涼介が朝は幼稚園に送っていってくれること。
陸が生まれるまでは、いわゆるDINKSとして共働きをしてきた二人にとっては、子供が生まれてからも、できる範囲で家事や子育てを分担する形で今も暮らしている。
真衣が出産後はパートの仕事についてからは、真衣が家事・育児をする割合は増えたけれど、それでも夫の涼介に家事・育児について不満を持ったことはほとんどなかった。
ある一つのことを除いて・・・。
深夜1時。
リビングに明かりが付いたので、真衣は目が覚めた。
どうやら、今の時間に涼介は帰ってきたようだ。
眠い目をこすりながら、真衣は涼介がいるリビングで足を伸ばした。
「おかえりなさい。遅かったね。」
「あぁ。飲み会が3次会まで続いて参ったよ。」
「最近、いつにも増して帰るの、遅くない?」
「今、新しいプロジェクトで忙しいんだよ。当分、続くと思う。」
「そう。陸もパパと遊んでないって寂しがっているから、早く帰れる時は帰ってきてね。」
「あぁ、わかっているよ。」
そう、夫・涼介の帰りが遅いのだ。
この働き方改革が叫ばれているご時世で、涼介の忙しさは完全に世間の流れから逆行している。
以前は夜9時くらいには帰ってくる生活だったのに、何かのプロジェクトリーダーに抜擢されたとかで、それ以来、残業や接待が増えている。
自然と帰ってくるのが深夜時間になり、いつも陸が寝ている時間にしか夫・涼介は帰ってこない。
本人的には、それでも朝、陸を幼稚園に送っていく時間に息子とコミュニケーションを図っていると言い張っているが、やはりそのしわ寄せは真衣に来ていた。
陸がなかなか寝てくれないのだ。
パパを待っていると言って、夜まで起きているようになり、結果的に朝起きられないという悪循環。
今は涼介も頑張る時だから仕方ないと思いながらも、内心はもう少し家族と、息子といる時間を作って欲しいというのが本音だった。