涼介と真衣が、今のこの場所に引っ越したのは、陸がお腹にいることが分かった時だった。

それまで都内に住んでいた二人だったが、元々アウトドアが好きで、仕事をリタイアした後は、西海岸に住むか、もしそれが無理でも、茅ヶ崎辺りに住みたいねと話していた。

子供が生まれたら、キャンプに出かけたり、海・山に連れ出して、自然の楽しさも伝えたいと思い、アウトドアに出かけやすい場所を探して、引っ越しをしたのだ。

最初は千葉を引っ越し先に考えたが、涼介の勤務先へのアクセスがどうしても悪くなってしまう。

それならば、横浜・湘南も近くて、都心にもアクセスしやすい場所と思って、武蔵小杉の物件を探してみたのだが、条件に合う物件は見つからなかった。

コスギバブルで、物件の価格が高く、これから子供の養育費のことも考えると、住む場所としては現実的ではなかったのだ。

そんな時に、最初の物件を紹介してくれた不動産会社から紹介をされたのが、今住んでいる物件だった。

武蔵中原。

初めて聞いた駅名だったが、武蔵小杉まで2駅。時間にして3分。

駅から歩いて10分くらいの今の住まいは、外観はどこにでもある普通のマンションだ。

でも、内見で部屋を見た時に、直感でここにしよう!と決めた。

決断したポイントは、バルコニー。

家賃や駐車場の料金、部屋の広さなど、細かな合格点を上げたらキリがないけれど、一番惹かれたのは、広いバルコニーだった。

バルコニーにテーブルと椅子を置けば、屋外キャンプ気分でご飯を食べたり、お酒も飲める。

そして、バルコニーの先に見えるのが、武蔵小杉の高層マンション群。夜景も綺麗だった。

そして、この場所からであれば、丹沢や三浦半島など、色んな場所にアウトドアをしに出かけられる。

子供ができたら、月に1回はアウトドアに出かけようね。

そんな話をしながら、住まいをこの場所に決めたのだった。


それから、早5年。

今、その時に語っていた生活とは程遠い生活をしている。

確かに子供は可愛い、すくすく育ってくれている。夫も仕事を頑張ってくれている。側から見ると、幸せな家庭に見えるのかもしれない。

でも、夫が家にいない、子供の年に一度の誕生日すら一緒に過ごせない。

これって、本当に幸せの形なのだろうか?

真衣は、自分の心に聞いた。

「もっと、一緒にいる時間を作りたい。
 もっと、子供と一緒に過ごして欲しい。
 もっと、思い描いたような週末の過ごし方をしたい。」

それが真衣の本音だった。

そして、その気持ちを涼介に告げる覚悟をした。

もしかすると、家を出るかもしれないという選択肢も抱えた上で。