「もうこの家に住んで1年か。」
「そうやなぁ。それにしても、この家、ほんまにタイミングよく決まったなぁ。」
「ほんまやね。程よく長閑で、まさに私たちが望んでた環境やね。」
「最寄りの武蔵中原駅からは徒歩20分ぐらいやけど、まぁお互い車と自転車通勤やし、そんな不便でもないしなぁ。」
「なんと言っても決め手は周辺環境やね。すぐ近くの緑道と貸し農園は最高やね。貸し農園は引っ越しのタイミングで、すぐにでも使っていいよーって言ってくれたしなぁ。」
「もういきなり念願の畑ライフがスタートしたわけね。」
「お部屋もシンプルで、清潔感もあって、いいよね。」
「畳の部屋もあって落ち着くし。」
「うん。等身大のコンパクトな家って感じで、これからの私たちにぴったり。」
「都内から割と近くても、ゆっくり暮らせる場所ってあるんやなぁ。しかも隣は武蔵小杉やし、何かしら便利よね。」
「うん。車もあるから、武蔵小杉とか横浜方面までもすぐ行けるしなぁ。」

「子どもが巣立ったあとのファミリータイプのマンションって、2人で住むには少し広いなぁ。ってなんとなく感じたところから、マンション売って引っ越して。なんやかんや1年慌ただしかったなぁ。」
「そうね。でも、これからの夫婦2人の生活は割と楽しみやで。」
「子育てが始まってから、ちゃんとお互いを気遣えなかったこともあったから、これからは2人の時間をもう一度大切にしたいと思ってる。」
「うん、これからどう楽しむかが腕の見せ所やな。」
「なんか、2人で住み始めた頃思い出すなぁ。芸大卒業して、働き始めて。あの頃必死やった。」
「そうそう。社会の理不尽さをただただビールで流す日々やったな。あー懐かし!」
「はははっ!ほんまやなぁ。新入社員1年目でかなり太ったもん。ビール飲み過ぎて。」
「あの頃の写真まだどっかにあるで。」
「あはは!見たくない!」

「きっとこれから穏やかな日常が待ってるんやろうなぁ。」
「なんか、あれみたいやね。えーっと、映画のビフォアーシリーズ。」
「うん。昔、よく一緒に見たな。こんな感じで年取りたいねって話したやん。」
「主人公たちは若い頃から哲学的な話をしまくってて、そこで生まれた共感がやがて人生を紡いでいく。っていう部分に感化されて、よく2人で哲学的な話をしようと努力してたよな。できなかったけど。笑」
「友達からは意味わからんとか言われまくったけどね。」
「まぁ、とにかく僕たちのビフォアーシリーズをこれからもつくっていこう!」
「何くさいこと言うてんの。」

京都から上京し、芸大の学生時代に出会い、それぞれカメラマンと造形作家を目指して社会に出た2人。
仕事を充実させながらも、互いに距離を縮め、27歳で結婚。2人の娘を授かり、仕事に子育てに毎日奮闘した。
そして今はほっとひと息。
再び自分たちの周りを見渡し、等身大の生活へと舵を切る。

朝はホットサンドとコーヒーとラジオ。
そのあとは散歩をしたり畑仕事をしたり、仕事に行ったり。
夕方に家に着いて、2人で夜ご飯を食べる。
ウイスキーを片手に、その日にあったことを話していたら、夜が来る。
「おやすみ」と布団に入る。
そんなさりげない日常を、2人はこの街で大切に過ごしている。

fin.