「お荷物、これで最後になりますが、大丈夫でしょうか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました。」

「では、お預かりさせていただきます。後ほど、現地集合でお願いいたします。」

今日、ウィリアムズ夫妻は引っ越しの日を迎えた。

先日入籍を済ませ、それと同時に今後のことを考え、奈央の実家の近くに引っ越すことにしたのだ。

1年半入居していた「白鳩ヴィラ」から、自分たちが使っていた家財道具が運び出され、ガランとして部屋を見て奈央は感慨深い気持ちになっていた。

夫となったアレックスと出会ったのが2年前。

奈央が勤務していた職場にアレックスが外注先のパートナー企業からやってきたのが出会いだった。

出会いから程なくして二人は付き合うようになり、職場の沿線である田園都市線で住まいを探して一緒に暮らそうという話になるまでに、そう時間は必要としなかった。

海外留学もしていた奈央にとって、外国籍の彼氏ができることははじめてのことではなかったが、一緒に住むのはアレックスがはじめて。ドキドキしながらも、一体どんな風に二人で生活ができるのかを想像すると、ワクワクする気持ちのほうが大きかったように思う。

しかし、二人の同棲生活はスタート地点でいきなり、つまずくことになった・・・。

「申し訳ございません。ご希望のお部屋は先ほどに別の方に決まったようです・・・。」

「申し訳ございません。貸主様より今回は見合わせたいとのことでして・・・。」

「申し訳ございません。外国籍の方のご入居はご遠慮いただいている物件でございまして・・・」

アレックスとともに部屋探しをはじめ、いくつかの物件に問い合わせをしていく中で、奈央は日本の賃貸事情を目の当たりにした。

自分ひとりが住む部屋を借りる時には、敷金・礼金が用意できるかどうか?そして、保証人を付けるか、保証会社の審査が通るか?くらいしか問題にならず、むしろこちらが物件を選べる立場のように感じていたが、外国籍の人と一緒に部屋を借りるとなると、全く不動産会社の対応が変わったのだ。

アレックスの日本でも滞在歴が3年以上あること、そして企業に勤めているエンジニアであることを伝えても、問い合わせの時点で断られるケースもあれば、内見まで行っても、最終的に他の方で決まったと言われるケースも少なくなかった。

~どうしよう?私たち、どうやったら一緒に住めるんだろう?~

ワクワクしていた気持ちから一転して、自分たちは無事一緒に住めるのかどうかと考えると、途端に不安が押し寄せてきてしまった。

アレックスの繋がりで、周りの外国籍の同僚や友人たちに希望の物件で外国籍の人でも審査が通るところを知らないか聞いてみたものの、ひとり暮らしやファミリーで住んでいる人が多く、二人暮らしにぴったりの広さで田園都市線沿線となると、思うような情報が入ってこなかった。

物件を探し始めて半月。

半ば諦めかけていた頃、久しぶりにランチに行った元同僚の裕子から思わぬ情報が舞い込んだ。

裕子とは半年前まで部署が一緒で、今でも定期的にランチにいく仲。アレックスと付き合い始めたことも、自分のことのように喜んでくれた彼女から、「ねぇ、奈央、なんだか疲れてる?」と聞かれると、いつもは愚痴を言いたがらない奈央も、物件探しで苦戦していることを裕子に話さずにいられなかった。

「あー、そうかー、あるよねー。ウチらも留学して海外住まいを経験しているから、こういうことに免疫がないわけじゃないけど、日本ってまだまだ扉が開かれてないよね。オッケー。午後にでも、同僚たちにいい物件を知らないか聞いてみるわ!彼ら、良い情報持ってるかも!」

その後、お互いの近況を話して別れたあと、午後の仕事を開始して1時間後に早速、裕子から社内メールが届いた。

「奈央ー!早速聞いてみたよ!!いくつか情報送るね!!」

そう書かれたメールの下に、いくつか不動産会社のリンクが貼られていた。どうやら最近引っ越しで住まいを探した外国籍の同僚がいたようで、その時に良くしてくれた不動産会社らしい。

「裕子、早速ありがとう!!問い合わせしてみるね!!」

奈央は、今日の夜にでも早速物件を見て、問い合わせをしてみようと心に決めた。